オペラ評(2021年7月30日号)

林田 直樹

 
自由の象徴としてのヒロイン
新国立劇場『カルメン』新制作

(7月3日 新国立劇場オペラパレス)

一昨年、暗黒の近未来を描いた『トゥーランドット』で衝撃をもたらしたバルセロナ生まれの演出家アレックス・オリエが、再び新国立劇場に登場、オペラ芸術監督大野和士の指揮で、全く新しい『カルメン』を世に送り出した。

鉄パイプで組み上げられた巨大な格子状の壁で囲まれた舞台。檻のような息苦しい空間。ここに生きる人々はすべて、がんじがらめな制度の中に閉じ込められているかのよう。主人公カルメンは現代の人気歌手のキャラクターとして描かれ、バンドを従えて歌われる「ハバネラ」は、背景に巨大映像が映し出される。

プログラム冊子でのオリエの演出ノートでは、英国の歌手エイミー・ワインハウスの名が着想源として挙げられていたが、それが意味するのは、カルメンがいつも物憂げで、誰にも媚びない、破滅型のアーティストだということだろう。

この視点は、物語に強い説得力を与える。なぜ多くの人々が彼女に夢中になるのか、それは抗いようのない魔力をもった芸術の魂があるからなのだ。それは制約の中で生きる人々にとっての自由の象徴でもある。

その意味で、カルメン役のステファニー・ドゥストラックは、中低音域での澄んだ深みある声に特別なオーラがあり、バロック・オペラの経験も生かされた均整の取れた歌唱技術、長身の美貌ともども、しなやかで新しいカルメン像そのものだった。

ドン・ホセ役の村上敏明は声の不調で演技のみ、舞台袖近くで黒子のようにカヴァー歌手の村上公太が歌うという異例の方法がとられた。二人がこの不十分な条件を乗り越えようと必死の演技と歌でのぞんだため、かえって迫真の効果があった。

闘牛士エスカミーリョ役のアレクサンドル・ドゥハメルは恰幅の良さと、ややクセのあるハイバリトンの声とのバランスが面白い。

ホセの婚約者ミカエラ役の砂川涼子は、飾り気のない一般女性という設定だが、この殺伐たるオペラのなかで一点の慰めのような存在感。密輸団の根城に乗り込み、カルメンからホセを守ろうとするかのように両手を広げ決然と立ちはだかった場面は忘れがたい。

東京フィルと新国立劇場合唱団も、幕が進むごとに熱気を帯びた演奏で、コロナ禍で何かと制約の多い舞台を盛り立てた。

カルメンを人気歌手に設定したオリエ演出
【撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場】
カルメン(ドゥストラック)とエスカミーリョ(アレクサンドル・ドゥハメル)
【撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場】
ミカエラを好演した砂川涼子
【撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場】